動物園に行くと、じっと動かず私たちを見つめ返してくる不思議な鳥、ハシビロコウ。そのミステリアスな姿は、大人から子供まで多くの人を魅了してやみません。しかし、この「動かない鳥」が、実は動物園で繁殖させることが世界トップクラスに難しい鳥だということを知っていますか?
今日は、日本の動物園と科学者たちがタッグを組み、最新の科学を使ってハシビロコウの「見えない心と体」を読み解く、最前線の研究をご紹介します!
なぜハシビロコウの繁殖は難しいの?
野生のハシビロコウは、アフリカの湿地帯で「超」がつくほどの単独行動をしています。繁殖の時期だけペアを作りますが、動物園の限られたスペースでオスとメスを一緒にすると、激しい縄張り争いや闘争が起きてしまい、最悪の場合は相手を殺傷してしまう危険すら孕んでいます。
また、稀に産卵・孵化に至った場合でも、幼鳥期に飼育員に対してインプリンティング(刷り込み)を起こしてしまい、将来的に同種間での繁殖行動を行えなくなるという深刻な問題も報告されています。このように、ハシビロコウは「飼育下での繁殖が極めて困難な鳥類」として悪名高いのです。

血を採らずに「ホルモン」を測る大発明!
この難題に立ち向かっているのが、日本の岐阜大学(応用生物科学部)の楠田哲士教授らの研究グループです。
動物が「恋の季節(発情期)」を迎えているかどうかを知るためには、体内の「性ステロイドホルモン(エストロゲンやテストステロンなど)」の量を調べるのが一番正確です。でも、鋭いクチバシを持つハシビロコウを捕まえて血液検査をするのは、鳥にとってものすごいストレス(侵襲的:Invasive)になってしまいます。
そこで楠田教授のチームは、「ウンチ(糞)」に目をつけました。 血液中を巡ったホルモンは、肝臓などで代謝されたあと、ウンチや尿として体の外に排出されます。研究チームは、このウンチに含まれるホルモンのカケラ(代謝物)を「酵素免疫測定法(EIA)」という生化学的なアプローチで分析し、血中のホルモン濃度を高精度に推定する手法を確立したのです。
この「非侵襲的(Non-invasive=痛くも怖くもない)」なアプローチにより、鳥に一切のストレスを与えることなく、毎日のウンチから「発情しているか」「妊娠しているか」「環境にストレスを感じていないか」を連続してモニタリングできるようになりました。
血を採らずに「ホルモン」を測る大発明!
この「沈黙の鳥」の内面にある生理的ステータスを可視化し、繁殖に向けた科学的な管理手法を確立するため、最前線に立っているのが日本の岐阜大学応用生物科学部の楠田哲士教授らの研究グループです。
鳥類や哺乳類の繁殖行動は、エストロゲン(卵胞ホルモン)やプロジェスチン(黄体ホルモン)、アンドロゲン(男性ホルモン)などの性ステロイドホルモンの動態によって厳密に制御されています。これらを調べる最も一般的な方法は血液検査ですが、鋭いクチバシを持つハシビロコウを捕獲・保定して採血することは、鳥にとって強烈なストレス(侵襲的:Invasive)になってしまいます。
そこで楠田教授のチームは、排泄された糞(ウンチ)を用いた「糞中ステロイドホルモン(Fecal Steroid Hormones)」の非侵襲的(Non-invasive=痛くも怖くもない)な測定手法をハシビロコウに応用しました。
血液中を循環したホルモンは、肝臓等で代謝されたのち、糞や尿として体外に排出されます。研究チームは、この糞中に含まれるホルモン代謝物(例:5α-reduced pregnanesなど)を酵素免疫測定法(EIA:Enzyme Immunoassay)によって定量化し、血中ホルモン濃度の変動を高精度に推定する手法を確立したのです。
このアプローチにより、動物に捕獲ストレスや痛みを与えることなく、長期間にわたる発情周期、妊娠・抱卵の有無、さらには環境適応に伴うストレスレベルを連続的にモニタリングすることが可能となりました。
クラッタリングは「愛の告白」?それとも「威嚇」?
ハシビロコウは時々、クラッタリング(クチバシを激しく打ち鳴らす行動)や、首を振って相手にお辞儀をするような特有のコミュニケーションを行います。
しかし、これが発情に伴う純粋な求愛行動(Courtship behavior)なのか、単なる縄張り主張や攻撃のサイン(Aggression)なのかを見極めるのは、熟練の飼育員でも容易ではありませんでした。
しかし、内分泌データという客観的な生化学的指標と行動観察をクロスリファレンス(相互参照)することで、科学的な特定が可能になりました。例えば、「3年越しの求愛行動」が観察されたペアにおいて、行動変化とホルモン値の推移を照らし合わせることで、ハシビロコウがどのような環境条件(季節変化、日照時間、温度、降水量の疑似的変化など)をトリガーとして繁殖モードに入るのかを科学的に突き止めることができるのです。
全国の動物園が連携する「命のバトン」
この研究最大の強みは、研究室の中だけで完結しない点にあります。楠田教授らのグループは、恩賜上野動物園(東京都)や高知県立のいち動物公園など、日本各地の動物園と緊密に連携し、飼育個体から継続的に採取された糞を分析しています。
これまで飼育員の「経験と勘」や視覚的な行動観察にのみ依存していたペアリングのタイミングを、客観的なデータに基づいて決定できるようになったことは、飼育管理における大きなイノベーションです。
実験室でのピペット操作、生化学的アッセイ、データ解析といった基礎研究のプロセスが、そのまま現場(動物園)における希少種の生命誕生という具体的な成果に直結する。これこそが、現代の野生動物研究、そして「保全繁殖学」の極めて実践的かつ学際的な魅力と言えます。
今度動物園でハシビロコウに会ったときは、ぜひ「彼らのウンチ」や、その奥にある科学者の情熱にも思いを馳せてみてください。そこには、言葉を持たない鳥たちの「見えない声」がたくさん詰まっているのですから!
▼ さらに深く知りたいあなたへ!ハシビロコウ研究の結晶
本記事でご紹介した最新の学術的知見や、ハシビロコウの進化・生態の謎について、さらに網羅的かつ深く学びたい方には、楠田哲士教授が監修・執筆に携わった以下の専門書がおすすめです。研究室で得られた最先端のサイエンスが、一般の方にも分かりやすく徹底解説されています。
▼ 本物のハシビロコウに会いに行こう!全国の動物園ガイド
最新の科学によって守られ、命のバトンを繋ごうとしているハシビロコウたち。ウンチが教えてくれる「見えない声」を知った今、彼らの姿は今までとは少し違って見えるかもしれません。
「実際に会いに行きたい!」「じっと動かない姿を観察してみたい!」と思った方は、ぜひお近くの動物園へ足を運んでみてください。
現在、日本国内でハシビロコウに会える全施設と、そこで暮らす個性豊かな個体たち(未来のあなたの「推し」候補!)のプロフィールを完全網羅したガイドはこちらです!

【参考文献・資料】
- 楠田哲士・金原弘武 (2021). 「特集 ハシビロコウの生物学と保全:ハシビロコウの飼育下繁殖にむけた繁殖生理解明への挑戦」, 『生物の科学 遺伝』75巻5号, 450-455, エヌ・ティー・エス.
- 楠田哲士 監修・執筆 (2024). 『ハシビロコウの生物学 謎の鳥の進化・生態・飼育・繁殖・保全を徹底解説』, エヌ・ティー・エス.

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