こんにちは!『となりのハシビロコウ』管理人の ハシビロリン です。
普段は上野動物園のサーナやアサンテたちの可愛い姿を追いかけていますが、今回はちょっと視点を変えて、「アートになったハシビロコウ」というテーマでお届けします。
実は、アメリカの有名な美術館に、約100年前に作られた「黄金のハシビロコウ」が眠っているのをご存知ですか?そこには、アメリカに初めてやってきた1羽のハシビロコウをめぐる、ちょっと感動的なストーリーがありました。
スミソニアン美術館に眠る「黄金のハシビロコウ」
ワシントンD.C.にあるスミソニアン・アメリカ美術館には、こんなに美しい彫刻が所蔵されています。
『Shoebill Stork』(1932年)
作者:ポール・マンシップ(Paul Manship)
材質:金メッキされたブロンズとラピスラズリ(台座)

ニューヨークのロックフェラーセンターにある有名な「プロメテウス像」を手掛けた彫刻家、ポール・マンシップの作品です。
ハシビロコウ特有の大きなくちばしや、頭の飾り羽(冠羽)の特徴がしっかり捉えられつつも、金色のブロンズで美しくデフォルメされています。普段私たちがファインダー越しに見つめているハシビロコウが、こんなに神々しいアートになっているなんて驚きですよね。
実は「動物園のゲート」の一部だった!
この彫刻、ただ単独で作られたアート作品ではありません。 実は、ニューヨークのブロンクス動物園の正門「ポール・J・レイニー記念門」を飾るためにデザインされたものなんです。

1934年に完成したこの巨大なアール・デコ調のブロンズ門には、ライオンやクマ、フラミンゴなど、当時の動物園の人気者たちがびっしりと彫刻されています。その右側の柱に、ひっそりと、でも圧倒的な存在感でハシビロコウが組み込まれています。
モデルになったのは、アメリカ初のハシビロコウ「ジミー (Jimmy)」
では、なぜ1930年代のアメリカで、ハシビロコウが彫刻のモデルになったのでしょうか?
実は1920年代後半、ブロンクス動物園は「アメリカ大陸で初めてハシビロコウを展示した動物園」でした。当時アフリカから遠路はるばる海を渡ってやってきたこの鳥は「ジミー(Jimmy)」と名付けられ、大きな話題になったそうです。残念ながら当時のジミーの写真自体はネット上には公開されていないのですが、当時の芸術家たちの間でジミーはちょっとした有名鳥でした。
「動かない」からこそ芸術家に愛された鳥
ジミーは、私たちもよく知るハシビロコウの最大の武器をアメリカでも発揮していました。それは「まったく動かない」こと。
野生動物をスケッチしたい芸術家たちにとって、何時間も彫刻のようにじっとしていてくれるジミーは、まさに最高のモデルでした。ポール・マンシップがブロンズ像にこれほどのリアリティを持たせることができたのも、ジミーがじっくりと観察させてくれたからです。
さらに、近代バードウォッチングの父と呼ばれる有名な野鳥画家、ロジャー・トーリー・ピーターソンも、若き日にブロンクス動物園に通い詰め、ジミーをモデルになんと100枚以上ものスケッチを描き上げたという伝説が残っています。(そのスケッチもアーカイブに眠っていて見られないのが本当に悔しいところですが…!)
まとめ:海を越え、時を超えて愛される魅力
現在、残念ながらブロンクス動物園にはハシビロコウは飼育されていません。 しかし、約100年前にアメリカの人々を驚かせた1羽の「ジミー」の姿は、一流の彫刻家の手によって黄金のブロンズ像となり、今もなお美術館や動物園のゲートで生き続けています。
「動かない」という一見地味な習性が、結果的に多くの芸術家に愛され、アートとして永遠の命を得ることになった。そう考えると、ハシビロコウの魅力の奥深さに改めて気づかされます。
いつか海外を訪れた際には、動物園でのハシビロコウ観察だけでなく、こうした「アートの中のハシビロコウ」にも会いに行ってみたいですね!
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